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陸上自衛隊の入隊経験者が訓練やいじめについて語る。

皆さんこんにちは!fukutakuです。
陸上自衛隊経験者の私が、自衛隊の経験記事を書きたいと思います。
入隊期間は2000年の初期になります。
駐屯地は愛知県→北海道という流れになります。
いやーめっちゃ懐かしいですね。
ほんと辛かったですけど思い出すと凄く幸せでした。
ということで経験者の私が自衛隊の率直な感想を下記の順番で述べたいと思います。

  • 自衛隊の生活:前期教育
  • 自衛隊の生活:後期教育
  • 自衛隊の生活:部隊配属
  • 自衛隊総括編

自衛隊の生活:前期教育

※入隊後の前期教育は行われる駐屯地によっても若干異なります。
自衛隊の生活は
教育期間中とその後では大きく違います。
まず入隊すると新兵ということで教育期間が前期、後期とあります。
それぞれ約3ヵ月です。
前期は基礎訓練みたいな感じで自衛隊の基礎を叩きこまれます。
後期訓練は職種別の専門訓練です。
私は通信科に配属されました。
通信の専門訓練ですね。
通信の基礎を学びその後、各駐屯地の通信科に配属されます。

ここは書いても書いても書ききれないですね。笑
前期教育は愛知県でした。
確かバスに乗って自宅のある北陸から愛知県まで連れていってもらったのですが、駐屯地に入るときはなんといっていいか・・・刑務所に入っていくような感覚でしたね。ほんとに憂鬱でした。
さくらの咲く頃、大学卒業という悲しさが癒えぬままの監獄への突入です。

駐屯地に入ってしばらくはゴロゴロしてました。
やる事がないんですね。確か2段ベットが4つ。
比較的部屋はきれいです。
班長と軽く挨拶をします。
この時は比較的穏やかです。
しばらくはベットで待機です。
しばらくすると他の入隊者も部屋に入ってきます。
私は2段ベットの上、下にいるのはY君。当時18歳です。
私は大卒だったため22歳。ですがY君はしっかりしてます。野球部出身です。
2,3日後全員がそろいます。

Y君の他に、アーミーマニアのA君、頭の悪そうなT君などです。
一つの班が8~9人そこに1人の班長。1班から4班までありその上に区隊長います。私が思う自衛隊の人種は大きく下記に分かれます。

  • 体育会系出身の体力自慢系
  • アーミーマニア
  • ヤンキー
  • 仕事がなくてしかたなく系

おおよそこのヤンキーがおとなしめのアーミーマニアをいじめます。
体育会系がこのいじめを止めます。正義の味方です。
私は体育会系で大卒という事もありそのような正義の味方、リーダーシップを期待されていたようですが・・・( `ー´)ノ

私には役不足でした。
区隊の中には他にも大卒体育会系がおり、彼らの体力ポテンシャルが非常に高く、彼らが中心となっていました。
年齢というのはもちろんありますが、自衛隊では体力ポテンシャルが高いと尊敬されます。
体育大学でもそれなりの体力自慢であった私ですが、上には上がいます。
さすが自衛隊だな!って思いました。

誓約書に署名

そしてしばらくは食事して、風呂入って・・・日中は部屋で待機・・・。
自衛隊ってなんて楽なんだ。これから始まる悪夢も知らず呑気なものです。
(´-ω-`)
身体測定などがあります。いよいよ誓約書に記入する日がきました。
正規入隊の契約書に記名します。確か、
国のために身の危険も顧みず・・・2年間は退職したりしない・・・。というような内容だったと思います。
ここまできて署名しないわけはありません。
署名です。そして悪夢の始まりなのです。笑
※私の区隊では署名しなかったものはいなかったと思います。この署名後正式な自衛官として認められました。

そして地獄の訓練の始まりです。
頭は坊主にされました。
自衛隊では一番下だ!周りの隊員に挨拶しろ!との事です。
駐屯地内ですれ違う隊員全てにおいて挨拶しなければなりません。
ちょーめんどくさいのです。
そして起床時間も早くなりました。
いつの間にか起床ラッパがなるようになりました。
確かラッパの後着替えて5分以内に整列です。

マジでこれは憂鬱でした。
特急で着替えて整列ですよ。それも毎日。
めんどくさいというレベルを超えてますね。
わたしは5分前に携帯の目覚ましをセットして布団の中でもごもご着替えて余裕で整列してましたね。笑
班長は上官です。
これまでのように優しくはなく態度が変わります。

そして上官(班長、区隊長)に体調などの報告です。そして朝食になります。
残念!あんまり美味しくないです。
※味は駐屯地によって変わります。おいしいところはまじ美味しい!
 すべての駐屯地を経験したわけではないですが一応ランキングします!
 1位 足寄分屯地・・マジ美味しかった!
 2位 金沢駐屯地
 最下位 豊川駐屯地

確か部屋が7階、8階でしたので食堂まで階段で降りなければなりません。
これがまためんどくさい。
朝食なんていいよーっていいたいのですが許されません。
私はゆっくり食べたいのですが許されません。
とっとと食べて部屋に戻って、訓練開始です。

訓練は大きく分けて体力系訓練と座学があります。
体力系は走ったり、銃の扱い方とかです。
座学は軍人のための勉強になります。
私は運動が大好きなので体力訓練はそこそこ楽しかったですね。
具体的には、走る、腕立て、腹筋、懸垂等の自己体重を用いた筋力トレーニングが主になります。
その他、射撃訓練、演習場(ただの山)に行ってテント張ったり穴掘り等。
一番きつかったのは行軍ですね。
重い荷物を背負って歩く・・・。ひたすら歩く。歩くだけでしょ?って思ったあなた!違いますよ。まじできついです。
正直死ぬかと思いました。(>_<)

こういう事すると人間の限界ってまだまだ先があるのだなと思います。
全体の20%くらい歩いたところでもう無理だって最初思ったんですよね。
個人のトレーニングならそこで完了ですよ。
部活動だったこれ以上やらないです。
とっくのとーに完了です。
ですがやめられません。ここは自衛隊です。歩きます。( `ー´)ノ
すると歩けるんです。
不思議なくらい。周りも頑張っている。
だから歩く。
何が言いたいかと言いますと、人間の限界はまだまだ先がある。ってことです。最初に限界だ!って思ってもまだいけるんです。十分に。
リミットはまだまだ先です。

座学は銃の分解、戦争雑学等ですね。
これはこれでなかなか面白かったですよ!雑学は正直眠くなります。
もちろん内容は面白いんですよ。しかし、団体生活で寝不足にどうしてもなるんですね。
訓練もハードでだから眠い。
当時の区隊長、区の一番偉い人です。その人は座学中、疲れ果てて眠そうな我々を見て床に寝かせ、目をつぶれ!と命じました。いつの間にか寝てしまい。5分~10分くらいでしょうか。軽く眠りました。非常に体が楽になったのを今でも覚えています。
すごく次の訓練に集中できたんですね。
大切な訓練中ですので寝ろとはいいません。しかしながらこれは区隊長の優しさです。鞭ばかりでは成長できないと分かっているからでしょう。
すばらしい判断かと思います。

訓練、座学他は印象に残っているのは予防注射ですね。
これは何回受けるんだ!って思うくらい注射した気がします。
予防注射がほとんどです。山とか色々行くので、感染の予防ですね。
これはかなり苦痛でしたね。
もちろん拒否などできません。

外出について

ここでちょっと外出について書きたいと思っています。
休日です。基本、土日祝日はあります。
ただし、朝の整列、夜の整列点呼はあります。
もちろん泊まりはできません。朝もすんなりと外出できないのです。
清掃、部屋の整理整頓等で上官の合格後外出できました。
ですので休日といっても何というか・・・。
外へ出れたのは8~9時間程度だったと思います。
※ゴールデンウイークは宿泊できました。

私は基本一人が好きなので、外出した時の解放感って半端なかったです。
特に大卒である程度自由を味わっている人間だと束縛感も相当辛いです。
さて外出先は主に喫茶店(コメダ珈琲)、公園でした。何をしていたかよく覚えていないのですが、ただただ幸せでした。笑
当時はスマホもなかったですし、新聞、雑誌を読んでいた気がします。

はい、訓練生活に戻りますね。
このように土日を目指して日々頑張るという感じです。
訓練という名の自衛隊名物”指摘”があります。
何かしらの隊員の不備を上官が指摘し、それを理由に腕立て伏せなどの肉体的な苦痛を与えるというものです。
これは団体責任が適応されます。 ( `ー´)ノ
班員の一人にあまりやる気のないW君がいました。
非常にだらしなくミスばかり、その指摘の罰を全員で受けないといけません。
自衛隊ルールです。
正直何回腕立て伏せしたかわからないです。笑

訓練中の夜

夜は洗濯、アイロンがけ、ブーツ磨き等です。
これをきちんとしなければ明日、恐怖の指摘が待っています。
罰則腕立て伏せになります。
厳しくチェックされますよ!
部屋にテレビなどはありません。娯楽室みたいなところはあったと記憶しています。当時はスマホもないですから、確か10時消灯でしたので基本寝るだけです。
消灯は絶対です。その後娯楽室でテレビをみるなど許されません。今の隊員はスマホありますから、多少は個人の世界に入れるかもしれませんね。

ほんとに内容の濃い3ヵ月だっとと思います。
前期訓練終わりになると職種の希望や勤務地の希望を出します。
私は北海道に憧れがありました。スキー部出身という事もあって雪が好きだったからです。
ここで職種について書きます。
どういう職種があるかは下記の公式ページにアクセスしてください。

陸上自衛隊:職種

これから入隊を考えている方に一言ですが、希望の職種や地域に努められると思わないでください。空きがないと応募がかかりません。
普通科、特科、施設科等の場合は規模が大きいですので問題ありませんが。
地域も同じです。
ですのでこの地域(駐屯地)の・・科がいい!といっても募集がない場合もありますし、こればかりは入隊前に確実にするのは不可能です。
もちろん希望は言うべきです。こだわりがあるのなら必ず入隊前に話をしなければなりません!

ドッキリ成功!?(◎_◎;)

私は5月が誕生日という事もあり、ドッキリを仕掛けられました!笑
ちょっと頼りないけど足が速いN君も5月誕生日でターゲットの一人。

消灯直後、班長が部屋に入ります・・・。
ミスばかりのN君を部屋の隅に呼び出して説教。
Y君が班長を止めに入ります。(Y君と班長はグル)
 Y君 班長!言い過ぎです。Nは一生懸命がんばってます!(; ・`д・´)
 班長 Y!貴様班員のくせに何様だ!廊下へ出ろ!(怒)
そして・・・外で大ゲンカが始まります。(演技)(蹴る!殴る!の音も聞こえる)
( `ー´)ノ
ドンドン・・がつーん! 〇×△×*$&%+*×#!〇!?!!!!

班長が部屋に戻ってきます。
続いてY君が部屋に戻ってきて言います。(ハアハア・・)
 Y君:もうやってられないです。班長にはついていけないです。
    さようなら!
バン!(ドアの閉める音)
そして部屋を出ます。(`・ω・´)
勝手に駐屯地を出ると脱走扱いとして処罰になります。
これは大ごとなのです。

 私:Y!待て!Y!Y! 考え直せ!
 班長:勝手にしやがれ! おいN!お前がアホだからこうなるんだ。
 Yが辞めた責任とれや!
と突っかかります。この時点でN君は号泣!(≧◇≦)
もう無茶苦茶な理屈です。そして私に飛び火します。
 班長:おい!fukutaku ! 最年長のお前が班をちゃんとまとめんからこんなことになるんだ!
 私:はい!すいません!(`・ω・´)
普通に考えると無茶苦茶ですがこれが軍隊です。笑

 班長:Yはどうすんだ!仲間だろーが!(怒)
 私:呼び戻してきます!(必死な感じで)
 N君:fukutakuさんは悪くないです。すいません(泣きながら)
 班長:お前ら2人で責任として今から腕立て100回ずつしろや!
    そしたら俺がYに謝って戻ってくるように説得する!

もうやるしかありません。カウントが始まります。
走る事以外にとりえがないN君(ゴメンなさい)
50回を超えたあたりで崩れ落ちます・・・・。
 私:おい!N!N!がんばれって!あきらめんな!
叫びますが、無理です。日中も無茶なトレーニングをしているのです。
そんな体力残ってないのです・・・。涙”(-“”-)”
 班長:fukutaku! Nの残りの50回お前が変わりやれ!
 私:はい!・・・・涙
N君の土下座が始まります。号泣です。
 N君:すいません! すいません・・・。(´ー`) ワあー涙

パタン・・誰かが部屋に入ってきました。
Y君です!
私は安心しました。
考えなおしてくれたんだと。
ん?何かプラカードを持っています。
暗くてよく見えません・・?
Y君何故か、ニヤニヤ 私は(・.・;)?です。

プラカードに懐中電灯が当てられます・・・。
ド???ッキ?・・・リ・・?成功?!
え?!
ドッキリ成功!
はあーって感じです。(`・ω・´)
ふざけんな!っていう気持ちです。
まじかと思いました。ちょっと大ゲンカとか嘘くさい感じがあったのですが
見破れませんでした。
ドッキリを仕掛けられるとは考えられませんでした!笑
N君は状況が分からずまだ泣いています。

ドッキリでここまでするか!
さすが自衛隊です。
N君が気の毒すぎます・・・。涙($・・)/~~~

そして3ヵ月が過ぎると、いよいよ職種毎の訓練が始まります。
私は通信科でしたので、同じく通信を目指す新隊員が集まって後期訓練を受けるわけです。そしてお別れになります。私は涙もろくないですが、正直泣きそうになりました。いい訓練をしてくれた班長、区隊長には感謝ですね。そして私より4つも下だった班メンバーの方々。偉いなーって思います。ほんとよく頑張ったと思います。では次回は後期訓練編を書きます!(`・ω・´)